板妻駐屯地の生い立ち(明治)
西暦 和暦 板妻周辺の出来事
1870 明治3 ・日の丸を船舶に掲げる国旗として決定(太政官布告第57号(商船の規則) 
・陸軍旗・海軍旗が定められる
5 陸軍省・海軍省設置 
1873 6 第一回徴兵検査を御殿場村で施行
徴兵制布告
1888 21 海軍省が諸官庁および条約諸外国に対して「大日本礼式」として「君が代」を公式に配布した   
1889 22 大日本帝国憲法発布 
1893 23 君が代を「祝日大祭日唱歌」として定める 
1894 27 日清戦争(〜1895年) 
1896 29 滝ヶ原で東京湾要塞砲兵隊(後の陸軍重砲兵学校)が初の実弾演習をする
1897 30 富士裾野大野原において陸軍要塞砲兵射撃学校(後の陸軍重砲兵学校)による試験射撃が行われる
1899 32 陸軍演習場として御料地の使用が許可される
富士裾野演習場内の170町歩の個人名義の借地権を軍部に移す
1901 34 工兵隊により須走-籠坂間の馬車鉄道延長工事をする(17日間)
1903 36 板妻廠舎建築(民設)
1904 37 日露戦争(〜1905年) 
1906 39 玉穂村西沢地区、原里板妻地区を陸軍演習場廠舎敷地としての献納が決議される
1909 42 陸軍第一師団と御厨町・原里印野組合村・玉穂町との間に演習場協定成立
板妻滝ヶ原廠舎完成(軍設)

滝ヶ原廠舎
1910 43 工兵大隊により新橋・滝ヶ原道路大改修
演習場拡張のため印野村北畑地区移転問題発生
1911 44 印野村北畑地区移転交渉で陸軍との間に協定成立
1912 45 印野村北畑地区、原里村などへ移転完了
陸軍が富士裾野演習場を創設